名古屋高等裁判所 昭和60年(う)354号 判決 1986年1月30日
被告人 城者幸松
大一四・六・七生 土工
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
理由
本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官検事平田定男提出にかかる名古屋地方検察庁検察官検事板山隆重が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人山本紀明が作成した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決は、被告人が詐欺未遂の犯行をしたという事実を認定したうえ、被告人を懲役一年に処したにもかかわらず、右の刑の執行を猶予しているけれども、被告人は、これより先昭和三五年七月一一日津地方裁判所において強盗殺人、死体遺棄、自殺幇助、森林法違反の各罪について無期懲役に、窃盗罪について懲役六月にそれぞれ処する旨の判決言渡しを受け、控訴を申し立てたが、同年一一月一日名古屋高等裁判所において控訴棄却の判決の言渡しを受け、この判決が同月一六日確定したところ、同日から無期懲役刑の執行を受け始め、昭和四九年一一月一六日刑執行の順序の変更により、窃盗罪による懲役六月の刑の執行を受け始め、昭和五〇年四月二九日この執行を受け終わり、同月三〇日再び前記無期懲役刑の執行を受け、同年九月四日岐阜刑務所から仮出獄により出所したものであり、その後、現在まで、仮出獄中の身であつていまだ右無期懲役刑の執行を受け終えていないものであるから、刑法二五条一項二号により被告人に対しては刑の執行を猶予することができないのであつて、前記刑執行猶予の言渡しをした原判決はその法令の適用を誤つたものであるというのであり、これに対する答弁として弁護人は、被告人は昭和三五年七月被告人を無期懲役に処する旨の判決の言渡を受け右判決の確定後約一五年もの間右刑の執行を刑務所内で受けた上、仮出獄を許されて出所した後約一〇年もの間社会生活を送つてきたもので、この間格別の非行もなくまじめに暮らしていたものであり、かかる被告人(ことに近々恩赦を受ける見込みであつた被告人)に対しては、執行猶予と仮釈放との各制度の趣旨からみて原判示の被告人の行為により被告人を懲役一年に処する場合でも被告人に対し右刑の執行を猶予することができると解すべきであり、このことは公訴の時効及び刑の時効の各制度の趣旨に照らしても明らかなところであると主張している。
所論にかんがみ検討すると、まず一件記録によると、被告人は昭和三五年七月一一日窃盗罪による懲役六月と強盗殺人、死体遺棄、自殺幇助及び森林法違反の各罪による無期懲役との各刑に処せられ、同年一一月一六日この裁判が確定したので、昭和四九年一一月一六日から右懲役六月の刑の執行を受け始め昭和五〇年四月二九日右刑の執行を受け終わつたのであるが、右無期懲役の刑については昭和三五年一一月一六日から右刑の執行を受け始め、昭和五〇年九月四日仮出獄により刑務所から出所し、その後現在に至るまで保護観察(犯罪者予防更生法三三条一項三号)に付されている(すなわち、いまだ無期懲役刑の執行を受けつつある)ものであることが明らかであるところ、原判決は、被告人が昭和六〇年七月詐欺未遂の所為に及んだことを理由として被告人を懲役一年に処していながら、「被告人は、無期懲役刑の仮釈放以来一〇年間、格別の非行もなく、本件犯行前まで真面目に社会生活を送つてきたことなどを考慮すると、有期懲役刑の刑余者と同視しえず、刑法二五条一項が、本件のような場合までも執行猶予を付することを否定しているとみるのは、制度の本旨に副わず、前に禁錮以上の刑に処せられたことあるも、その執行を終わらない場合については、裁判所の合目的的な量刑裁量に委ねる趣旨と解される」旨の説示をし、同法二五条一項を適用して被告人に対し右懲役一年の刑の執行を猶予しているところ、そもそも無期懲役刑なるものは、期間の定めのない(終身の)懲役刑として規定されているもので、たとえ、この受刑中仮出獄が許され、その後これが取り消されることなく長期に及んでいるとしても、一件記録によれば原判決まで、また、当審における事実の取調の結果によれば現在まで右刑について恩赦法による減刑や刑の執行の免除を受けていないことが明らかな本件被告人は、いまだ前記無期懲役刑の執行を受けているものに該当し、その間被告人が原判示の犯行を除き格別の非行もなくまじめな生活を送つてきたとしても、更に被告人が近々恩赦を受ける見込みであつたとしても刑法二五条一項二号に照らし、被告人に対し裁判所の合目的的な量刑の裁量により刑の執行を猶予する余地はないといわなければならない(原判決の説示や当審における弁護人の主張は、刑法上の解釈としてはとりえない見解であり、ことに公訴の時効や刑の時効の各制度の趣旨を考えても本文記載の解釈を動かすことはできない。ただし、仮出獄中に逃亡して保護観察が停止されたような場合には、刑の時効が進行し始め、この時効の完成によつて受刑者たる身分が消失することは考えられうる。)。
そうすると、原判決が右被告人に対し刑法二五条一項を適用して五年間刑の執行を猶予した(更に、同法二五条の二第一項前段を適用して右猶予の期間中被告人を保護観察に付した)のは、法令の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、そして、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。
原判決が認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法二五〇条、二四六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で処断すべきところ、本件は仮出獄中の被告人が警察官を詐称して売春婦からの金員騙取を図つた事案であつて、その犯情は必ずしも軽いとはいえないが、他面これが未遂に終わつていること、被害者から被告人に対する寛大な処分を望む旨の嘆願書が提出されていること、その他被告人の年齢、健康状態(糖尿病)、反省態度などの酌むべき情状をも考慮して、被告人を懲役八月に処し、なお原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 山本卓 杉山修 鈴木之夫)